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「21世紀の人生の遊び方」を書き写し作業中です。

ねこ写経 NEW

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マグダラのマリアによる福音書



a_POxy3525.jpg

(1-6頁は欠損)

・・それでは形は壊れようとしているのでしょうか、それともそうではないのでしょうか」。

[注;. . . Will matter then be destroyed or not?
文章が途中からになっている、英文サイトによると上記。]

「一切の本性、すべての形あるもの、すべての被造物は相互に関連して存在する。
そしてふたたびそれらはそれ自身のあるべき根源へと解体していく。
物質の本性はその本性に属するところのものへと解体されるからだ。
自らの内に聞く耳のある者には聞かせなさい。」

 ペトロが彼に言った、
「あなたはすべてのことを私たちに告げて下さいました。
もう一つ私たちに教えて下さい。世の『罪』とは何ですか。」

 救い主が言った、
「罪というのは存在しない。
(本性を)捏造されたあなたが行う『何か』、(これが)罪を造り出す。
(が、存在するのは)その罪を犯す人、(つまり)あなた次第なのである。
このゆえにこそ、罪はあなたの(本性)を立て直そうとする働きをする、
結局のところ、どのような本性のところへも善い方が来たのである。」

 彼はさらにそれに付け加えて言った。
「このゆえにこそ、あなたがたは死ぬのである。
理解する人には理解させなさい。」

「捏造されたあなたが、情念を生み出す。
その情念は、おのおので違うものであり、
本来の本性と離れたものから(生まれて)来たモノである。
そうなると、全体の中に不安定さが生じるものだ。
このゆえにこそ、私はあなたがたに『素直でありなさい。』と言ったのである。
自分の中に聞くための耳がある者には聞かせなさい。」

それから続けて彼(イエス)は言った。
「ほらここに(本物が)、ほらあそこに(本物が)、
と言ってあなた方を迷わすもののために警戒しなさい。
まことの人の子はあなた方の内に存在するのだから。それに従いなさい。
人の子がいるのはあなたがたの内部なのだから。
あなたがたは人の子の声について行きなさい。
求める人々は見いだすであろう。」

「それで、あなたがたは行って、王国の福音(本当のこと)を宣べなさい。
私があなたがたのために指図したこと、
いかなる規則も定めることをするな。
法制定者のやり方で法の枠組みを与えるようなことはするな。
さもなければ、あなた方はその法によって支配されることになる。」

 彼はこれらのことを言った後、去って行った。

 すると彼らは悲しみ、大いに泣いた、

「人の子の王国の福音を宣べるために異邦人のところに行く(といっても)、
われわれはどのようにすればいいのか。
彼ら(イエスを張り付けにした人々)はあの方(イエス)を容赦しなかった。
どうして私たちを容赦するなどということがあるだろう?」

 その時マリアが立ち上がった。
彼女はかれら全員にあいさつして、彼女の兄弟姉妹たちに言った。

「泣くのはよしなさい。
めそめそしないで、心を強くもちなさい。
あの方の恵みがあなたがたすべてにあり、あなた方をかばって下さるのですから。
むしろ私たちはあの方の偉大さをほめたたえるべきなのです。
あの方はわたしたちのために道を整え、私たちをまことの人間にしてくださったのですから。」

 マリアはこれらのことを言ってから、彼ら(弟子たち)の心を全なる方へ向けさせた。
そして彼らは救済者(イエス)の言葉について議論を始めた。

ペトロがマリアに言った。
「マリアよ、救済者(イエス)がすべての女性たちよりも
あなたを深く愛しておられたことを私たちは知っています。
あなたが憶えている救済者(イエス)の多くの言葉、あなたが知っていた、
私たちが聞かなかった言葉をわたしたちに話して下さい。」

マリアが答えた。

「あなた方には隠されている言葉を教えましょう。」
そして彼女は彼らに語り始めた。

彼女は言った。
「わたしは主(イエス)を幻の中に見たのです。
そしてわたしはあの方(イエス)に言いました。

『主よ、わたしはあなたを幻の中に見ました。』

彼は答えて私に言われました、
『(よみがえった)わたしを見て動揺しないとは、あなたはなんとすばらしい。
心のあるところには、宝があるのです。』

 私は彼に言いました、
『主よ、幻を見る人がそれを見ているのは、本性か霊のどちらを通してなのですか』。

 救い主は答えて言われました
『人が幻を見るのは、本性によってでも、霊によってでもない。
むしろその二つの間にある知性によって見るのである。
そしてそれが。。(欠落)』

(11-14頁は欠損)

…を。そして欲望が言った、
『私はお前が降るところを見たことがないのに、今お前が昇るところを見ている。
お前は私に属しているのに、どうして私を騙すのか』。
 本性が答えて(欲望)に言った、
『私はあなたを見た。あなたは私を見たこともないし、私を知覚したこともない。
私はあなたにとって着物(のよう)であったのだが、あなたは私を知らなかった』。
これらのことを言った後、(本性は)大いに喜びつつ、去って(離れて)行った。

 それから(本性は)第三の権威、無知と呼ばれるもののところに来た。
その(権威)が本性を尋問した、『お前が行こうとしているのはどこへなのか。
お前は悪の内に支配されてきた。お前は支配されてきた。裁くな。』
そこで、本性が言った、
『あなたが私を(「裁くな」といって)裁くのは何故なのか、
私は裁いたりしたことなどないのに。
私は支配したことがないのに、私は支配されてきた。
私は知られなかったが、本性の方は、地のものであれ、
天のものであれ、それらのものをそのままに知っていた。』

 本性は第三の権威にうち勝ったとき、上の方に去って(離れて)行った。
そして第四の権威を見た。
それは七つの姿をしていた。

第一の姿は闇(見ても見ていない)であり、
第二のは(満たされない)欲求、
第三のは無知(という思考)、
第四のは死ぬほどの妬み(知覚からくる比較)であり、
第五のは肉の王国(人間関係や社会関係)であり、
第六のは肉の愚かな知恵(主観と客観に分けた知識)であり、
第七のは怒っている人の知恵(怒りで他人をコントロールする知恵)である。

これらが怒りのもとにある七つの(実体の無い)権威なのである。

 彼らが本性に
『人殺しよ、お前が来るのはどこからなのか。
それとも偽りを突破した者よ、
お前が行こうとしているのはどこへなのか』
と尋問すると、本性は答えて言った、
『私を支配するものは殺された。私を取り囲むものは、うち負かされた。
そして私の欲望は終りを遂げた。また無知は死んだ。
世にあって、私が解き放たれたのは世からであり、
また範型の内にあって私が解き放たれたのは天的な範型からであり、
また時間の中にある忘却の鎖からである。
今から私が沈黙の内に獲ようとしているのは、
時間ではない永久の安息である』」。

 マリヤは以上のことを言ったとき、黙り込んだ。
救い主が彼女と語ったのはここまでだったからである。

アンデレが答えて、兄弟姉妹たちに話しかけた。
「彼女が語った事柄について、あなた方に言いたいことがあれば、言うがよい。
わたしに関する限り、救済者(イエス)がこのようなことを言ったとは信じられない。

ペトロが答えて、同じような懸念を持ちだした。 
彼は救済者(イエス)について彼らに尋ねた。
「あの方が私たちには隠れて、内密に女と話したのか?
私たちの方が向きを変えて、彼女に聴くことになるのか?
あの方はわたしたちを飛び超えて彼女を選んだのか?」

その時マリアが泣き、そしてペトロに言った。

「わたしの兄弟ペトロよ。
あなたは何を想像しているのですか?
わたしがこのようなことを自分一人で勝手に考え出したり、
あるいは救済者(イエス)について私が嘘を語っているとでも思っているのですか?

レビが答えてペトロに言った。
「ペトロよ、あなたは前々から怒りっぽい人だ。
あなたはまるで敵対者に対するように、この女性に議論を仕掛けている。
もし救済者(イエス)が彼女をふさわしい人としたのであれば、
彼女を拒否するあなたはいったい何者なのか?
確かに救い主は彼女をしっかりと知っていて、
このゆえにわれわれよりも彼女を愛したのだ。
むしろ、私たちは恥じ入るべきなのだ。

わたしたちは完全な人間を身にまとい、あの方がわたしたちに命じたように、
わたしたち自身まことの人間を身につけ祝福の告知に向かうべきだ。
救済者(イエス)が語ったこととは違う他の定めや他の法を使うのではなく。」

彼(レビ)はこれらのことを言った後、彼らは教えるために、そして宣教するために出て行った。

以上、「マグダラのマリアによる福音書」

注;上記文章の構成については、以下の資料を参考にしています。

①、「ナグ・ハマディ文書Ⅱ福音書」
  出版社: 岩波書店 荒井献(翻訳)、

②、「マグダラのマリアによる福音書 イエスと最高の女性使徒 」
  出版社: 河出書房新社 カレン・L・キング (著) 山形 孝夫 (翻訳), 新免 貢 (翻訳)

③、グノーシス主義 ウィキペディア(Wikipedia)

④、「Gospel of Mary of Magdala」 Text from the Papyrus Berolinensis



      

「アセンション」と「高次元の存在」についての考察

「アセンション」と「高次元の存在」についての考察

ブラジル移民の100年(国立国会図書館憲政資料室)・他 参照
http://www.bunzo.jp/archives/entry/001127.html
kasadomarutoiminn.jpeg

アントニオ猪木さん曰く、
「あの苦しみを思えば、リング上の苦闘にも耐えられた」と、
アントニオ猪木さんが渡ったのは14歳の少年時代。
しかも「楽園」と聞かされて意気揚々と行ったが現実は違った。
過酷な重労働。逃げ道のない、ここで勝つ以外に選択肢はないというデスマッチ・・。

 ブラジル移民は主にコーヒー農園での労働を行っていました。
しかし、ブラジル農園主も奴隷制の感覚が抜けておらず、
過酷な労働を強いられ移民はここでもストライキを起こし、確執が深まるばかりでした。
日系移民が入る前まで主な労働力はイタリア人によってまかなわれていましたが、
本国イタリアでは、農園の過酷な労働などの理由から移民者を引き上げている時期でした。
ブラジル移民は1913年12月まで合計8回も行われたが、翌年1914年には第一次世界大戦が勃発しています。
また、日本でも関東大震災で全てを失った人が新天地ブラジルを目指すと言う事も珍しくありませんでした。

そして、1990年代からはブラジルの経済低迷も影響し、
日本に「デカセギ」として逆戻りする現象が起こりました。
現在、日本で生活する日系ブラジル人の数は、
日本からブラジルに渡った移住者の数を超えたともいわれています。


さて「アセンション」のお話です。
上記のブラジル移民の話と同じ平面上での話・・と僕には観えます。
X軸を自己の人格とし(その中で選択した人格)、Y軸を他人を含めた環境としたうえで
「考え方=行動」という座標を固定して
同じ平面上で思考を形にすると繰り返しの連続になるからです。

ブログ写真 決定02
↑こんな感じですね・・

基本的にですが、分離された欲求から造り上げる「都合の良いイメージ」の世界に行く事自体、『本来ありえません』。
歴史が証明しているとおり、必ず(取り返しの付かない)ズレと個人差を生じるという事です。
未だ起きていない出来事に居心地の良い、都合の良い「ラベル」(楽園、新天地、見合う収入)を貼るからです。
南米移民の場合は、農場主・移民とその家族・日本国・移民事業の請負会社それぞれの意図・欲求がバラバラで契約書という紙切れ1枚で話が繋がっているという事に「してしまって」います。

さて、アセンションについては、

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アセンション(ascension) - 上昇、即位、昇天を意味する英単語。
* ニューエイジ用語
o 「惑星地球の次元上昇」。ニューエイジ、新興宗教などのスピリチュアルな考え方を尊ぶ思想では、
未来の予測の一つとして盛んに取り上げられるが科学的根拠はない。
アセンションの存在を支持する人々によれば、アセンションとは人間もしくは
世界そのものが現在の三次元からより高次元の存在へと進化することとされる。
アセンションの存在を支持する人々は、アセンションは2012年前後に起こるのではないかと推測しており、
現在の地球の環境問題や混沌とした社会現象、人間の善悪に対する意識レベルの低下を
その変化への前触れであると見なしている。(引用ここまで)

「惑星地球の次元上昇」
「三次元からより高次元・・・」

↑これがラベルです、楽園・新天地と同じで「・・・であって欲しい」「・・・になればいい」
アセンションという未だ起きていない出来事に心地よいイメージを想起させる為のモノです。

そして、そもそもアセンションの情報元は、
ハイヤーセルフ、アセンデットマスター、女神、惑星系の意識体、大天使、等
「高次元の存在」のメッセージを受け取ったという人達からもたらされたものです。

それは、何の為のメッセージなのか?
channeling22-1.jpg
天使のお顔は、モザイク処理がしてあります。

僕は、「チャネラー」イコール「落語家的」だなぁ・・と思っています。
賢い自分=ご隠居さん、
職人の自分=熊さん、八さん、
バカな自分=与太郎、

「ご隠居」の名札を付けた自分(=その人)
「熊さん」の名札を付けた自分(=その人)
「与太郎」の名札を付けた自分(=その人)

これは、「チャネラー」に限らず、
(チャネラー達が解りやすく見せてくれているのですね。)
全世界人口67億人全員で「総落語家状態」といえます。
想像を絶する凄まじい高座が繰り広げられているのです。
rakugoka.jpg

家庭の自分、
職場の自分、
取引先の自分、
etc,etc・・・

あのですね・・
高次元の存在は、
「いません!」
なぜなら、高次元とか低次元とか上位とか下位とか無いからです。
何かを教えてくれる存在が「高次元」で
教わっている存在が「低次元」
よく知っているのが「上位」で
わからないのが「下位」・・・・
それは造り出された幻想なので・・
これは「では、今のこのままでいいのか」という
誤解を生む部分なのでもう少し書くと、

「気づき」を大切にする人は、
それこそ無間地獄のように永遠に「気づき」続けます。
自分が「気づき」の創造者だからです。
そして多くの場合「気づきが浅い」事を「他人」に指摘し始めます。
これは、言葉に出さなくても行動に出ます。
「気づき教」の信者は、
「気づきの深い人」を一目置くようになるのですが、
ある時、逆転します。

人が気が付くのではなくて
「気づき」が自分になる


ある意味で自分がいなくなってしまう
外見は変わらないのですが
もうその時は、「気づき」にこだわっていないのです。

だから
自分を導いてくれる「天使」とか
解りやすく説明してくれる「ハイヤーセルフ」とか
おかしいです。
外側からのメッセージに依存すると
いとも簡単に
捏造されたイメージを造ってしまいます。
「のび太」と「ドラえもん」の関係になってしまいます。

仮に、ちゃんとした
「在る」(神さま)がいたとして会話すると

神さま「私は『在る』ものだ。」

僕 「いつから『在る』んですか?」

神さま「知らない。」

僕 「・・・どうしてこんな世界を造ったんですか?」

神さま「自分で考えろ!」

というヘンテコな、それでいて普通な会話になるのです。

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千葉真也

Author:千葉真也

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